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横浜地方裁判所 平成4年(ワ)66号 判決

原告

西田導生

被告

ナショナルタクシー株式会社

ほか一名

主文

一  被告らは、原告に対し、各自三六〇五万七四七三円及び内金三三五五万七四七三円に対する平成四年一二月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その二を原告の負担とし、その余は被告らの負担とする。

四  この判決の主文一は、仮に執行することができる。

事実

一  当事者の求めた裁判

1  原告

(一)  被告らは、原告に対し、連帯して一億一〇三八万二四八六円及び内金一億四三八万二四八六円に対する平成四年一二月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告らの負担とする。

(三)  右(一)につき仮執行宣言

2  被告ら

(一)  原告の請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

二  当事者の主張

1  請求原因

(一)  交通事故の発生と原告の負傷

原告は、平成二年一二月三日、被告ナシヨナルタクシー株式会社(以下「被告会社」という。)所有のタクシー(普通乗用自動車。運転者・訴外池田良次)に顧客として乗車中、同車が、大阪府大阪市中央区大手通三丁目二番三号先交差点に差しかかつた際、右側から直進しようとして同交差点に進入してきた被告鎌田富蔵(以下「被告鎌田」という。)運転の自動二輪車と衝突したため、頭部、頸部、腹部、右足膝が前部座席等に激突し、傷害を負つた(右の交通事故を、以下「本件事故」という。)。

(二)  被告らの責任

被告会社は右タクシーを、被告鎌田は右自動二輪車をそれぞれ自己のために運行の用に供していたものであるから、いずれも本件事故による原告の損害を賠償すべき責任を負う。

(三)  原告の損害

(1) 傷害の内容と治療経過

原告は、本件事故により、頸椎椎間板障害、第五腰椎椎弓骨折、頭部外傷、右膝打撲の傷害を受け、その治療のため、次のとおり、合計二六二日間入院した。また、後記の症状固定に至るまでの通院期間の合計は四八九日である。

〈1〉 明生病院 平成二年一二月三日から同月五日

〈2〉 住友病院 平成二年一二月六日から同月二五日

〈3〉 横浜栄共済病院 平成二年一二月二五日から平成三年四月一七日

〈4〉 湯河原厚生年金病院 平成三年六月三日から同年七月一日

〈5〉 横浜栄共済病院 平成三年一二月一〇日から同月一五日

〈6〉 横浜栄共済病院 平成四年四月一日から同年六月三〇日

(2) 後遺症

〈1〉 右治療にもかかわらず、原告の傷害は完治せず、平成四年一二月一八日、次の後遺症を残したまま、症状固定と診断された。

ア 自覚症状

腰痛・左下肢痛・後頸部痛・排尿障害・性的不能

イ 他覚症状及び検査結果

頸椎運動制限・腰椎運動制限・左下肢知覚障害

〈2〉 また、第五腰椎椎弓骨折による神経圧迫を原因とする腰痛及び左下肢痛に対し、第五腰椎椎弓の左側を切除したうえ、右側の腸骨の全体の半分くらいを切り取り、その切り取つた骨を移植して第五腰椎と仙骨の後側方固定術が施行されたため、脊柱の障害は著しく、常時コルセツトを装用する必要がある。

〈3〉 かくして、原告には脊柱に著しい奇形及び重度の運動機能障害が残り、平成四年一〇月ころまでは日常生活動作すらできない状態であつただけでなく、現に次のような状態にある。すなわち、澤田米造医師は、日本整形外科学会で正式に認められている腰痛疾患治療成績判定基準Ⅲの左記日常生活動作の各項目ごとの原告の状態について、a二点、b〇点、c一点、d一点、e〇点、f〇点、g一点、合計五点という判定結果を出している。

Ⅲ 日常生活動作 (一四点)

(非常に困難)

(やや困難)

(容易)

a 寝がえり動作

b 立ち上がり動作

c 洗顔動作

d 中腰姿勢または立位の持続

e 長時間座位(一時間位)

f 重量物の挙上または保持

g 歩行

普通人ならば合計一四点であり、原告には普通人と比べて日常生活動作が三分の一程度しかできない機能障害が残つていることになる。しかも、今後の回復も見込めない。

〈4〉 以上によれば、原告の後遺障害は、自動車損害賠償保障法二条施行令別表(以下「施行令別表」という。)六級五号の「脊柱に著しい奇形又は運動障害を残すもの」に該当する。

(3) 右(1)(2)により原告は合計一億二六九八万二四八六円の損害を被つた。その内訳は次のとおりである。

〈1〉 治療費 二二万七九〇円

右の金額には歯科治療費が含まれているが、それは、入院期間中原告は寝たきりの状態で歯の手入れもできなかつたため、治療を必要としたことによるものである。なお、右の二二万七九〇円には被告会社が支払済みの治療費は含まれていない。

〈2〉 入院雑費 三一万四四〇〇円

入院二六二日について一日一二〇〇円の割合によるものである。

〈3〉 付添看護費 一六〇万一三六〇円

原告は、横浜栄共済病院に入院中ほとんど寝たきりの状態であつたため、うち七六日間は付添看護婦として永山真理子を雇い、うち一六四日間は原告の妻が付添看護に当たつた。右永山に支払つた八六万三三六〇円と妻の付添看護について一日四五〇〇円の割合で計算した合計額である。

〈4〉 入通院慰藉料 三〇〇万円

入通院期間(入院二六二日、通院四八九日)に照らすと右の金額が相当である。

〈5〉 休業損害 三三五一万六一四六円

原告は、本件事故発生日の平成二年一二月三日から平成四年一二月一八日までの間休業を余儀なくされた。事故発生当時の年収は一六四一万七〇〇〇円であつたから、右金額の休業損害を被つたことになる。

〈6〉 通院交通費 四〇万七三〇円

通院のために要した電車賃、バス代、タクシー代の合計額である。

〈7〉 医師に対する謝礼 一〇万円

治療に当たつた医師に対する謝礼である。

〈8〉 文書料 五万八四八〇円

治療を受けた各病院に支払つた文書料である。

〈9〉 後遺症慰藉料 九三〇万円

原告の後遺障害は六級に該当するから、右の金額が相当である。

〈10〉 逸失利益 七二四七万五八〇円

次の計算式のとおりである。

一六四一万七〇〇〇円(本件事故当時の年収)×〇・六七(労働能力喪失率)×六・五八八六(八年の新ホフマン係数)=七二四七万五八〇円

〈11〉 弁護士費用 六〇〇万円

(4) 損害の填補

原告は、損害の填補として、被告会社から次のとおり合計一六六〇万円の支払を受けた。

平成三年二月一九日 五〇万円

二月二六日 一〇〇万円

五月二四日 六〇万円

六月二五日 六〇万円

七月二五日 六〇万円

八月二六日 二〇万円

八月二七日 六〇万円

平成四年三月二日 一〇〇万円

五月一日 一〇〇万円

五月一日 五〇万円

平成五年三月一〇一 四〇〇万円

九月八日 六〇〇万円

(四)  よつて、原告は、被告らに対し、本件事故による損害賠償として、各自一億二六九八万二四八六円から填補額一六六〇万円を控除した一億一〇三八万二四八六円及びこれから前記弁護士費用を控除した内金一億四三八万二四八六円に対する症状固定日の翌日である平成四年一二月一九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うことを求める。

2  請求原因に対する被告らの答弁

(一)  請求原因(一)は、主張の日時・場所において主張のような態様の交通事故が発生したことは認める。

(二)  同(二)は認める。

(三)  同(三)について

(1) (1)は、原告が本件事故により主張の傷害を受け、その治療のため〈1〉ないし〈5〉のとおり入院し、また、平成三年四月一八日から同年一二月二八日までの間、通院したことは、認める。

(2) (2)は争う。

(3) (3)は、否認もしくは争う。幾つかの点についてその理由等を述べると次のとおりである。なお、休業損害と逸失利益については後記の被告らの主張のとおりである。

〈1〉 治療費

原告の主張する治療費は、事故と関係のないものとして、わざわざ医療機関の側から自由診療ではなく健康保険診療扱いにして患者自身に請求したものである。また、歯科治療が本件事故による外傷と無関係であることは明白である。

〈2〉 入院雑費

入院雑費の必要性は認めるが、その金額は、入院が長期間に及んでいることからすると、一日当たり一〇〇〇円未満が相当である。

〈3〉 付添看護費

横浜栄共済病院に転院した後については医師の要看護証明がない。

〈4〉 通院交通費

通院交通費の必要性は認めるが、それは、原則として、電車・バス等の公共交通機関運賃の範囲内で認められるにすぎないし、利用の日、交通機関の別、区間、料金を示してのものでなければ請求としての体をなさない。手元にある領収証をすべて出した、といつた杜撰な請求では認否すらおぼつかない。

〈5〉 文書料

文書料は、当該事故による損害賠償請求に必要な限度で相当因果関係を有する。通常は一、二通分である。本件では、診断書・明細書等の医療文書はほとんどすべてを被告会社がその費用を負担して提出している。主張のような金額に係るたくさんの文書(診断書)を原告が一体何に使用したかは知らないが、一事が万事で、出費の領収証があれば何もかも請求するというのは無茶というものである。

(4) (4)は認める。ただし、後記の被告らの主張のとおり、本件事故による損害賠償として被告会社及び保険会社から原告本人に支払われた金員は、原告主張のほかに二〇〇万円あり、合計一八六〇万円である。

3  被告らの主張

(一)  休業損害及び逸失利益算定の基礎となる収入について

原告は、本件事故当時の年収が一六四一万七〇〇〇円であつたとし、同金額を基礎として休業損害及び逸失利益を算定している。しかし、次のとおり、右の年収を得ていたことを裏付ける公的資料は皆無であるし、その継続性も極めて疑問である。

(1) 右の収入の立証としては、甲第三号証と第一六号証が提出されている。しかし、右各書証によつて明らかになるのは、本件事故の翌春、確定申告の申告期限経過後に原告が税務申告を行つたという事実だけである。この種裁判で所得についての基本的資料とされるのは、事故前年の所得資料であり、本件においても、仮に事故前三年間くらいの所得資料が提出され、それが甲第一六号証記載の金額には及ばずとも順調に上昇して推移しているのであれば、右各書証の金額を認めるに何の不合理もない。被告らは、訴訟前の交渉段階から右のような趣旨の申入れをしているが、一向に提出されない。仮に、事故前の収入がとても右各書証に示されている水準に及ばないというのであれば、過去をみるのではなく、事故後も同等あるいはそれ以上の収入が見込めたであろうとの立証が不可欠と考えられるが、そのような立証もない。

(2) 右の甲第一六号証には、原告が四つの会社から役員報酬を得ていた旨記載されている。しかし、右の四社のうち日向権現開発興業株式会社を除く三社はいずれも設立間もない会社であつて、その事業内容・決算内容、利益に継続性があるか等は一切明らかになつていない。そして、原告は、その三社の代表取締役というのであるから、常識的に考えると、原告の所得(役員報酬)の多寡は会社業績の浮沈に比例すべく、未来永劫一定の収入が保証されるというものではない。原告からすれば、事故受傷による就労不能が原因で会社経営自体が困難となり、業績悪化を招いたのだと主張するであろうし、それはそれで分からなくはないが、会社の業績が景気その他の諸要因の影響を大きく受けるのは自明であつて仮に右三社の経営が困難に陥つているとしても、そのすべての原因を本件事故に帰せしめるのは無理がある。また、町の八百屋・魚屋などの個人商店が法人成りしたような場合はともかく、本来、会社というものは有機的組織体であり、多数の社員が役割分担をして業務を遂行していくものであつて、仮に一人が欠けたとしても、若干の支障はあれ、業務自体は変わらずに行われていくものである。原告は、三社の代表取締役と一社の取締役を兼ねているが、当然ながら身体は一つであつて、四社に全日フルタイムの出社ができるわけではない。それぞれの会社には原告以外のスタツフがいるのであろうから、原告が出社できないからといつて直ちに業務がすべて頓挫するはずのものではないであろう。

(3) 結局、休業損害及び逸失利益算定の基礎とすべき収入については、原告の主張する金額はもちろんのこと、賃金センサスの示すところに近い程度の立証も全くなされておらず、せいぜい、賃金センサス男子労働者産業計・学歴計の五五~五九歳の平均年収額(平成二年賃金センサスでは年収で五四六万八四〇〇円)の八割程度とするのが相当である。

(二)  休業損害に係る就労不能期間について

原告は、本件事故による受傷から症状固定までの約二年間について休業損害を主張するが、右の全期間にわたつて完全に就労不能であつたとみることはできない。

(1) 人間の身体が何らかの傷病を得て回復過程をたどる場合、それは当然ながら徐々に段階を経ていくものであり、ある日突然健常に復するというものではない。つまり、受傷―入院―通院・リハビリテーシヨン―治癒あるいは症状固定、という段階をたどるのであり、それに応じて就労能力も回復していく。したがつて、就労が不能であつたか否かは、専ら主観的な本人の就労意欲にかかつてくる、実際に就労しているか否かの事実(あるいは主張)に重きをおくのではなく、客観的あるいは規範的な就労可能性によつて判定されるべきである。

(2) 原告の職務内容は、頭脳労働的営業・企画のごとくであり、治療期間の後半以降については就労が不能であつたとみなすべき事情は存しない。通例、入院中については完全な(一〇〇パーセントの)就労不能期間とみるのであろうが、原告は、受傷直後の横浜栄共済病院入院期間中においても、毎日のように方々と電話連絡をとるなどし、また、本件訴訟やそれに先立つ交渉段階においては、被告代理人等と精力的な交渉をこなしているのであつて、完全な就労不能状態にあつたとは到底いえない。特に、平成四年六月三〇日の退院後についてはそうである。

(3) 右によれば、原告の全治療期間約二年のうち、完全な就労不能期間は、通じて一年間を超えず、残る一年余についての就労支障の程度・割合は最大にみても五〇パーセントを超えない。

(三)  損害の発生・拡大と原告の素因について

(1) 原告の主治医であつた横浜栄共済病院の澤田医師によると、原告の傷病名は、頸椎椎間板障害、腰椎椎間板障害、第五腰椎椎弓骨折、であり、その治療は、椎弓骨折は比較的順調に癒合したが、癒合の過程で仮骨が形成され、第五腰椎神経根を圧迫し、その支配領域に神経症状が発生・継続したため、平成四年四月七日、第五腰椎(L5)の変側左椎弓及び第一仙骨(S1)上関節突起部を切除し、L5・S1間の両側を右腸骨の一部を切り取り骨移植による固定手術を行つたというものである。

(2) 原告の第五腰椎神経根が圧迫されて諸々の症状が生じたことはそのとおりであろう。問題は、右症状がいかなる原因で発生したかである。澤田医師によれば、第五腰椎椎弓骨折の予後が原告におけるような経過をたどることは極めて稀とのことである。骨折の程度は軽く、癒合過程も良好であり、事実、受傷初期の段階では半年と少し後の平成三年夏ころには治癒が見込まれていたのである。それにもかかわらず、通常の経過をたどらなかつた理由、換言すれば、本件事故と発生した予後不良との因果関係をいくばくか切断する事由としては、二つのことが考えられる。一つは、椎弓骨折が本当に存在したか、であり、もう一つは、原告自身の素因である。

(3) 椎弓骨折の点にも問題はあるが、澤田医師によると、症状全体を観察した場合には骨折は存在していた、とのことであるのでこれを措き、原告の素因についてみると、原告には、退行変性である第五腰椎(L5)第一仙骨(S1)椎間関節症が本件事故前から存在し、骨硬化を伴う変性があつた。また、L5/S1椎間関節を形成する第五腰椎左下関節突起、第一仙椎左上関節突起が大きく椎間孔が狭かつた。そして、椎間関節部での神経根圧迫障害は、事故外傷起因のものは極めて稀とされている。

(4) 以上によれば、被告らとしても、大きな全体的流れの中では各症状が事故と条件的因果関係を有することを争うものではないが、仮に澤田医師の診断どおり第五腰椎椎弓骨折が存在し、癒合過程での仮骨形成がその後の症状の主因をなしているのだとしても、原告には前記のような素因があり、かつ原告におけるような症例や症状の長期化は極めて稀で、通常予見されるものでないことも疑いない事実であり、原告の第五腰椎神経根が圧迫されて諸々の症状が生じ、治療が長期化するなどしたことによる損害の発生・拡大については、事故による受傷に加えて原告の素因が大きく寄与していることもまた明らかというべきである。したがつて、損害の公平な分担という損害賠償法の理念に照らし、原告の損害については五割程度の減額をすべきである。ただし、治療費については、不可避な積極損害であること、時期・内容について素因の寄与する部分を線引きするのが容易でないことに鑑み、右の素因減額の主張はしない。

(四)  後遺障害の程度と労働能力喪失割合について

(1) 原告の後遺障害の程度については、平成五年二月二三日付けで自動車保険料率算定会横浜調査事務所より施行令別表の一〇級という事前認定がなされている。その内容は、第五腰椎骨折による第五腰椎・第一仙骨間の後側方固定術が施行されたことが一一級七号(脊柱に奇形を残すもの)(この後遺障害を、以下、便宜「後遺障害A」という。)に、右の固定術施行に際し腸骨から骨を採取して移植したことによる骨盤変形が一二級五号(この後遺障害を、以下、便宜「後遺障害B」という。)にそれぞれ該当するものとされ、両者を併合して一〇級とされたものである。

(2) 被告らは、右の等級認定そのものは争わないが、原告の後遺障害に基づく労働能力喪失割合を決するについて、施行令別表所定の等級に対応する率(例えば、一〇級につき二七パーセント)を機械的に適用するのは誤りである。施行令別表は、労働災害後遺障害の等級基準をそのまま借用したものであるが、右の等級基準は、その歴史的沿革から機能障害よりも変形障害に重きがおかれている。しかし、現在の損害賠償実務においては、特に逸失利益の算定に当たつては機能障害の程度が最大の検討対象とされている。そして、後遺障害Bに係る骨盤変形自体は原告の身体に何らの機能障害も発現させていない。原告による疼痛の訴えがあるとしても、それは腸骨採取によるものではない。仮に主観的訴えとしてはそうであるとしても、それは後遺障害Aの方で評価され尽くしている。なお、前記事前認定に際しての顧問医の意見によると、原告には運動障害は認められず、医療記録によつても残存するものは主訴に係る神経症状のみである。

(3) 以上によれば、原告の後遺障害による労働能力喪失割合は、最大でも一一級の二〇パーセントを超えるものではない。また、医学的に判定される症状が、原告の職務内容―いま一つはつきりしないが、要するに企画業務―との関係でどのように労働能力に影響しているのか、何の立証もない。もつとも、後遺障害による労働能力喪失という問題がある程度抽象的に処理されるのはやむを得ない面もあるので、被告らとしても、一〇ないし一五パーセント程度の喪失があるとして判断されることに格別の異を唱えるものではない。

(4) なお、原告は、その後遺障害が六級五号の「脊柱に著しい奇形又は運動障害を残すもの」に該当すると主張するが、何の根拠もなく、論外である。

労災補償についての労働省労働基準局監修の「障害認定必携」(自動車損害賠償責任保険における等級認定は、専らこれに依拠している。)は、原告主張の施行令別表六級五号に該当する六級四号について、「せき柱の著しい変形」とは、「エツクス線写真上明らかなせき椎圧迫骨折又は脱臼等にもとづく強度の亀背・側彎等が認められ衣服を着用していても、その変形が外部からみて明らかにわかる程度以上のものをいう」としている。原告の症状が右に該当しないことは明白である。また、施行令別表一一級七号に当たる一一級五号について、「せき柱の変形」とは、「エツクス線写真上明らかなせき椎圧迫骨折又は脱臼が認められるもの、せき椎固定術後の運動可能領域の制限が正常可動範囲の二分の一程度に達しないもの、又は、三個以上の椎弓切除術を受けたものをいう」とし、同表八級二号に当たる八級二号について、「せき柱の運動障害」とは、「…………運動可能領域が正常可動範囲のほぼ二分の一程度にまで制限されたもの」としている。原告の胸腰椎部可動域制限は、前屈三五度(正常可動域四五度)、後屈二〇度(正常可動域三〇度)であり、八級二号には該当せず、辛うじて一一級の第二要件に該当するにすぎない。

また、原告は、腰痛疾患治療成績判定基準による判定結果に依拠して云々する。しかし、右の基準は、医師が術前術後を比較して当該患者に対する術式なり治療方法がどれだけの効果を示したかを判定するための、ある一つの基準にすぎない。しかも、それは、非常に困難、やや困難、容易、といつた大雑把な、主観・主訴に専ら左右される区分によるもので、当該患者の状態を絶対評価する物差しとしては全く役に立たない。まして、後遺障害等級のように後遺障害及び労働能力喪失の程度を判定するものではない。後遺障害の程度・等級との対応関係(何級何号であれば何点程度になる、とか、何点であれば何級何号に相当するとかの)は皆無であるし、自賠責保険にせよ、労災にせよ、障害等級の判定に当たつてこのような基準は使いようもなく、実際にも全く使用されていない。

(五)  損害の填補

被告会社及び保険会社は、原告に対し、入院雑費として、平成二年一二月二七日に合計一〇万五一八五円(うち四万六一七〇円は電話代)、損害の填補として、原告主張の金員のほか、平成三年四月三日に六〇万円、同月二六日に四〇万円、平成四年三月二日に一〇〇万円、合計二〇〇万円を原告に支払つた。

なお、これは原告の請求額との対応において控除を主張する趣旨ではないが、被告会社及び保険会社は、原告の損害については、右のほかに、病院関係で約九八二万八四二八円、付添費として二二万一二一九円、合計一〇〇四万九六四七円を既に支払つている。

4  被告らの主張に対する原告の答弁・反論

(一)  被告らの主張は争う。なお、被告らは、平成二年一二月二七日に入院雑費として一〇万五一八五円を支払つたというが、原告は知らない。また、原告主張の金員のほかに二〇〇万円を支払つたというが、原告は受領していない。

(二)  原告の経歴等と本件事故による損害について

(1) 原告は、元宮崎大学農学部の研究助手をしていた。また、父親は、実業家、市議会議員として、長年にわたり、出身地である宮崎県日向の開発に取り組んでいた。このため、原告は、若いころから日向の開発に関心を持つていたところ、その後、日本カーフエリーで、あるいは議員秘書として働き、政財界人との親交ができたこともあつて、本格的に日向の開発に取り組むこととなり、昭和六三年一一月一六日、その開発のために父親等が経営していた日向権現開発興業株式会社の実質上の代表者となつた。

(2) 右の開発は、日向市も全面的に協力するプロジエクトであり、原告は早速五〇〇〇万円の資金を工面して、三菱重工業株式会社に日向開発の調査と基本計画の作成を依頼するとともに、株式会社未来研究所、株式会社尚栄土地開発及び株式会社尚栄を設立して開発を進めることとした。開発資金についても、日向権現開発興業株式会社が所有する一万八六五五坪及びほぼ買収が決まつていた三万坪、合わせて四万八六五五坪を宗教法人光蓮教会から一五億円で購入する旨の買付証明まで得ていた。

(3) また、原告は、研究助手をしていた当時培つた農水産物に関する知識を生かすべく、三和興産株式会社を設立し、ロシア、台湾などから農水産物を輸入したりしていたが、特に、ロシアから輸入したピートモス(原告が開発したもので、松の葉などを細かく裁断し、植物の上に添えることで水分調整の働きがある。)は、株式会社ニチゴが開発するゴルフ場に採用され、平成二年一二月当時には、同社が下北半島に開発する五四ホールのゴルフ場にも使用される基本的合意まででき、それによつて三和興産株式会社は約七〇〇〇万円くらいの利益を得ることができるはずであつた。

(4) ところが、原告は、株式会社ニチゴとの取引の最終的打合わせのため大阪に赴いた際、本件事故に遭つて傷害を受け、仕事が全くできない状態となつてしまつた。そのため、原告の植物・農薬に関する知識から進行していた同社とのピートモスの取引は棚上げされ、既にロシアから輸入していたピートモスは倉庫に保管されたままとなつた。また、原告と政財界とのつながり及び日向における原告の知名度から進行していた開発もストツプし、現在、原告には借金だけが残り、担保に提供していた自宅まで競売されかねない状況にある。

三  証拠関係

記録中の書証目録・証人等目録のとおりである。

理由

一  当事者間に争いがない事実及び弁論の全趣旨によれば、請求原因(一)の事実(本件事故の発生と原告の負傷)が認められるところ、請求原因(二)の事実(被告らの責任)は当事者間に争いがない。

二  そこで、原告の損害について判断する。

1  事実関係

(一)  傷害の内容、治療経過及び後遺症

当事者間に争いがない事実、成立に争いのない甲第二号証、第一八号証ないし第二〇号証、第三三号証、第三四号証の一・二、第三五号証、原本の存在・成立に争いのない乙第一ないし第一七号証の各一・二、成立に争いのない乙第二〇号証、第二一号証、鑑定嘱託の結果、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。この認定を動かすに足りる的確な証拠はない。

(1) 原告は、本件事故により、頸椎椎間板障害、第五腰椎椎弓骨折、頭部外傷、右膝打撲の傷害を受け、その治療のため、平成二年一二月三日から平成四年六月三〇日までの間、明生病院、住友病院、横浜栄共済病院、湯河原厚生年金病院に合計二六二日間入院し、平成三年四月一八日から現在に至るまで通院を続けている。通院実日数は、平成五年六月三〇日までで合計二六二日であり、後記の症状固定と診断された平成四年一二月一八日まででは合計二四九日である。

(2) 右の間、平成四年四月七日、第五腰椎椎弓骨折による第五腰椎・第一仙骨間の後側方固定術が施行されたが、原告の傷害は完治せず、横浜栄共済病院の澤田医師により、〈1〉自覚症状・腰痛、左下肢痛、後頸部痛、排尿障害、性的不能、〈2〉他覚症状及び検査結果・頸椎運動制限、腰椎運動制限、左下肢知覚障害、〈3〉脊柱の障害・左第五腰椎椎弓切除、第五腰椎・第一仙骨間後側方固定術、〈4〉運動障害(胸腰椎部)・前屈三五度、後屈二〇度、〈5〉荷重機能障害・常時コルセツト装用の必要性あり、とされ、平成四年一二月一八日をもつて症状固定と診断された。

澤田医師は、当裁判所の鑑定嘱託に基づく鑑定書において、右の経過について次のように述べている。

「平成二年一二月二五日当科転院時、頸部痛、腰痛、左下肢痛、左下肢シビレが主訴であつた。他覚的所見として、左下肢の知覚鈍麻、筋力低下が認められ、左第五腰神経根障害が認められると診断した。レントゲン写真では、左L5/S1椎間関節症および第五腰椎椎弓の左下関節突起部に骨折線が認められ、この部での左第五腰神経根障害と診断した。ベツド上安静と投薬による保存的治療を行ない、コルセツトを作成し、平成三年一月一四日より歩行器使用し歩行開始した。その後、左下肢の知覚鈍麻、シビレは後遺するも、筋力は回復し、平成三年三月からは、一本杖歩行可能となつた。しかし、腰痛、左下肢痛、シビレは依然持続していた。平成三年四月一七日、コルセツト装用し、一本杖歩行にて退院し、以後外来通院にて理学療法、投薬治療を継続した。

平成三年一一月、腰痛、左下肢痛、シビレが増悪し筋力低下も認められたため、再度、検査を行なつた。脊髄造影、CTスキヤン、神経根造影にて、左第五腰神経根の左L5/S1椎間関節部での圧迫障害と診断した。その後、症状の改善がないため、平成四年四月七日、第五腰椎椎弓切除、左L5/S1椎間関節切除し、左第五腰神経根の除圧を行ない、後側方固定術を施行した。術後は、左下肢痛、腰痛は軽快し、筋力も改善し、独歩可能となつた。術後八ケ月を経過した平成四年一二月一八日症状固定として診断した。」

また、同医師は、原告の日常生活動作及び思考・会話等の頭脳作業については、右鑑定書で、「平成三年四月一七日の退院後も、腰痛、左下肢痛、シビレが持続し、通院に際して階段の昇降に手摺を必要とするなど、起居動作に困難を感じていたが、平成四年四月の手術後は、腰痛、左下肢痛はあるものの軽快しており、同年一〇月ころからは外出することも多くなつてきたように診療録に記載されている。このことからすると、平成四年一〇月までは日常生活動作に支障があつたものと思われる」、「平成四年八月ころまで、長く座つていると、腰痛、左下肢痛、シビレが強くなるとの訴えがあり、そのころまでは会話・思考等に支障をきたしていた可能性がある」旨、述べている。

(3) そして、自動車保険料率算定会横浜調査事務所長は、平成五年二月二三日付けで、原告の後遺障害の程度を後遺障害等級一〇級とする事前認定をした。これは、第五腰椎椎弓の骨折による第五腰椎・第一仙骨間の後側方固定術が施行されたこと(後遺障害A)が一一級七号(脊柱に奇形を残すもの)(後遺障害A)に、右の固定術施行に際し腸骨から骨を採取して移植したことによる骨盤の変形(後遺障害B)が一二級五号にそれぞれ該当するものとし、両者を併合して一〇級としたものである。なお、右の後遺障害Bに関連して、澤田医師は、前記鑑定書で、「腸骨を採取したのは、機能障害の発現のない部位であり、軽度の痛みはあるかもしれないが、機能障害はないと考えている」旨述べている。

(4) 原告は、平成五年一一月一六日、日常生活動作の障害について、日本整形外科学会の「腰痛疾患治療成績判定基準のⅢ日常生活動作」に基づく検査を受けたところ、原告主張のように一四点満点中五点と判定された。

(二)  原告の経歴と本件事故当時の仕事及び収入

成立に争いのない甲第三ないし第五号証、第七ないし第一二号証、第一五ないし第一七号証、第二一号証、第二二号証、第二四号証の一ないし四、第二五号証の一ないし六、第二六号証、第三六号証、第三七号証、弁論の全趣旨により成立を認める甲第六号証、第一四号証、原告本人尋問の結果により成立を認める甲第一三号証、第二三号証、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。

(1) 原告は、宮崎県日向市出身の昭和八年一一月九日生まれの男性であり、その経歴と本件事故当時携わつていた仕事・事業は、概ね、「被告らの主張に対する原告の答弁・反論」の(二)(1)ないし(3)記載のとおりであるが、右の仕事・事業は、原告が、本件事故による受傷で、入院中はもとより、その後も少なくとも従前のようには活動することができなくなつたのに伴つて頓挫をきたし、事実上消滅状態となつた。

(2) 本件事故前の原告の収入に関する証拠とその内容は次のとおりである。

〈1〉 甲第三号証(鎌倉税務署長発行の納税証明書)

原告の平成二年分の所得金額の申告額が一六四一万七〇〇〇円であることを証明する、というもの。

〈2〉 甲第一六号証(「所得の内訳書」と題する書面。鎌倉税務署が平成三年四月三〇日受け付けた旨のスタンプが押捺されているが、その用紙からすると、原告の平成元年分の所得についての確定申告書の一部と思われる。)

原告の平成元年の所得が合計一八九六万円(いずれも役員報酬で、株式会社尚栄土地開発から九九六万円、株式会社尚栄から四八〇万円、日向権現開発興業株式会社から一二〇万円、三和興産株式会社から三〇〇万円)である旨記載されている。

〈3〉 甲第二一号証(原告作成の平成五年二月一五日付け上申書)

本件事故前は、毎年約二〇〇〇万円前後の収入があつた、とするもの。

〈4〉 甲第二二号証(原告作成の平成五年二月一五日付け上申書)

原告には次のような所得があつたとするもの。

ア 昭和六二年度

カントリーエース株式会社代表取締役報酬一二〇〇万円、財団法人科学教育映画協会常務理事・事務局長報酬六〇〇万円、合計一八〇〇万円

イ 昭和六三年度

丸二メデイカル株式会社専務取締役報酬一一四〇万円、株式会社キヤピタルリサーチシステム常勤顧問報酬八六五万円、合計二〇〇五万円

ウ 平成元年度

株式会社未来研究所代表取締役報酬一二〇〇万円、株式会社キヤピタルリサーチシステム常勤顧問報酬八六五万円、日向権現開発興業株式会社役員報酬一二〇万円、株式会社尚栄及び株式会社尚栄土地開発役員報酬七二〇万円、合計二九〇五万円

エ 平成二年度

株式会社尚栄土地開発代表取締役報酬九九六万円、株式会社尚栄代表取締役報酬四八〇万円、日向権現開発興業株式会社役員報酬一二〇万円、三和興産株式会社代表取締役報酬三〇〇万円、合計一八九六万円

〈5〉 甲第二三号証(株式会社キヤピタルリサーチシステム代表取締役作成の平成元年八月一〇月付け「役員報酬証明書」と題する書面)

原告に対し、同社顧問としての報酬を年間八六五万円支払つたことを証明する、というもの。

〈6〉 甲第三六号証(財団法人科学教育映画協会理事長作成の平成五年一二月一三日付け「役員報酬証明書」と題する書面)

原告に対し、同協会常務理事・事務局長としての報酬を昭和六二年度に六〇〇万円を支払つたことを証明する、というもの。

〈7〉 甲第三七号証(株式会社キヤピタルリサーチシステム代表取締役作成の平成五年一二月一五日付け「役員報酬証明書」と題する書面)

原告に対し、同社顧問としての報酬を、昭和六三年度及び平成元年度に各八六五万円支払つたことを証明する、というもの。

〈8〉 原告本人尋問の結果

概ね右〈4〉の内容に沿う供述をしている。

2  判断

右1認定の事実関係に基づいて原告主張の各損害を検討すると、次のとおりである。

(一)  治療費

弁論の全趣旨によれば、原告の治療費については相当部分が既に被告会社によつて支払われており、原告主張の二二万七九〇円は右支払済みの分を除くものであることが明らかであるところ、これに係る証拠として提出されている成立に争いのない甲第二八号証の一ないし六〇によれば、原告が本件事故による損害として被告らに請求し得る治療費は、右証拠によつて原告が出捐したと認められる金員のうち、明らかに歯科治療費又は病院に対する文書料であると認められるものを除いた一八万六九三〇円と認めるのが相当である。

原告は、歯科治療費も本件事故による損害である旨主張し、右証拠によれば、原告が歯科治療費として三万五九二〇円を出捐していることが認められるが、それと本件事故との相当因果関係を認めるに足りる証拠はない。

(二)  入院雑費

主張のとおり入院二六二日間について一日一二〇〇円の割合による三一万四四〇〇円を認めるのが相当である。

被告は、一日当たり一〇〇〇円未満が相当であると主張するが、採用しない。

(三)  付添看護費

原告は、横浜栄共済病院入院期間中付添看護を必要とした旨主張するところ、前記1(一)(2)で認定した治療経過及びその間の日常生活動作の状態についての医師の意見、特に平成四年四月七日には後側方固定術が施行されていること等の事情によると、右期間(前掲乙第三ないし第五号証の各一・二、第一〇ないし第一三号証の各一・二によれば、合計二一一日間であることが認められる。)中、原告が一定期間については一〇〇パーセントの付添看護を必要とし、また、その余の期間についてもある程度まではこれを必要としたものと認められる。そして、弁論の全趣旨により成立を認める甲第二九号証の一ないし四によれば、原告は、右病院入院中の七六日間について職業付添人である永井真理子の付添看護を受け、同人にその報酬等として合計八六万三三六〇円を支払つたことが認められる。また、成立に争いのない甲第三〇号証及び弁論の全趣旨によると、右永井の付添看護のない場合には、右病院入院中の相当期間にわたり原告の妻が随時付添看護に当たつたものと推認される。

右によれば、右永井に支払つた八六万三三六〇円はこれを全額本件事故による損害と認めるのが相当である。また、妻の付添看護については、右病院入院期間二一一日間から永井が付添看護に当たつた七六日間を差し引いた一三五日間について、一日当たり三〇〇〇円の割合による金額をもつて本件事故による損害と認めるのが相当である。したがつて、付添看護費は一二六万八三六〇円となる。

原告は、妻の付添看護について一日四五〇〇円の割合による一六四日分を主張するが、金額・日数いずれの面でもそのまま採用することはできない。

また、被告は、横浜栄共済病院については医師の要看護証明がないと主張する。確かに、前掲乙第三ないし第五号証の各一、第一〇ないし第一三号証の各一によると、原告の同病院入院中の全期間を通じて、同病院の医師が作成した各診断書の「付添看護を要した期間」欄は空白のままであることが認められる。しかし、平成四年四月七日後側方固定術を施行された原告がその後の数日についてすら付添看護を必要としなかつたとは到底思われない。右の欄が空白であることをもつて同病院入院中原告に付添看護が必要でなかつたとはいえない。被告の主張は採用しない。

(四)  入通院慰藉料

入通院期間(入院日数は二六二日、通院実日数は、症状固定とされた平成四年一二月一八日までで二六二日)に照らすと、原告主張のとおり三〇〇万円をもつて相当と認める。

(五)  休業損害

原告の本件事故前の収入状況についての証拠関係は前記認定のとおりであり、事故の年である平成二年の所得金額は一六四一万七〇〇〇円と税務申告されている。内訳が不明であるだけでなく、被告ら指摘のように、例えば、申告期限内に提出されたことが明らかな確定申告書の控えとか、所得が法人からの報酬であれば、当該法人の決算書類等が提出されるのがこの種事案においては普通であるのに、何も提出されていない。右の所得金額をそのまま認めるのを躊躇させるものがあることは否定できない。

しかしながら、前記1(二)(2)で認定したところからすると、原告は、精力的に種々の事業活動を行い、時期によつて変動はあるものの、ともあれ相当多額の収入を得てきていることもまた窺われるのであつて、その年齢・経歴にも照らすと、本件事故当時は右の一六四一万七〇〇〇円程度の年収は得ていたものと認めるのが相当であり、少なくとも休業損害の算定については、これを基礎として考えるのが相当である。

そこで、問題は、休業損害に係る期間とその間における稼働能力低下の程度であるが、当裁判所は、前記1認定の事実による原告の職種や澤田医師の意見を勘案し、原告主張の休業損害に係る期間のうち、本件事故による受傷から、必ずしもその期間すべて入院していたわけではないにしても、平成四年六月三〇日の退院までの約一年七か月については完全な稼働不能期間とし、右退院後、症状固定とされた同年一二月一八日までの期間については、その稼働能力低下の程度は概ね五〇パーセントであつたと認める。

右によれば、原告の休業損害は、三〇〇九万七八三三円(円未満、切捨て)と認めるのが相当である。

(六)  通院交通費

原告は、四〇万七三〇円を主張し、これを証明するものとして甲第三一号証の一ないし一二三を提出している(なお、同号証の成立には争いがない。)。しかし、同号証の記載内容を前掲乙第一ないし第一七号証の各一・二によつて認められる通院日と対比させて子細に検討すると、通院日ではない日に係るタクシー代金や、本件事故による傷害の治療・通院のための費用とはにわかに認め難いものが含まれている。例えば、甲第三一号証の八三は、平成四年一〇月二七日に一万三四七〇円のタクシー代を支払つたという領収証であるが、同号証によればタクシーを利用して代金を支払つたのは二三時五八分という深夜であるだけでなく、乙第一五号証の二によると原告は同日は通院していない。また、甲第三一号証の八四、八六及び八八はいずれも平成四年一〇月二八日のタクシー代金の領収証で、八四は一時三九分に一五九〇円、八六は一時五五分に二三一〇円、八八は一時二三分に九六〇円をそれぞれ支払つたというものであり、それ自体奇異であるだけでなく、右の乙第一五号証の二によれば、原告は同日は通院していない。かかる観点からのものを除くと三六万三五五〇円であり、原告の主張はこの限度で理由があるものと認める。

(七)  医師に対する謝礼

原告は、一〇万円を主張し、これを証明するものとして甲第三二号証の一ないし一〇を提出している。同号証には、右金額を優に超える代金額の品物が購入されていることが示されている。しかし、仮に、原告が治療に当たつた医師などに治療費のほかに謝礼として金品を交付したとしても、またそのような行為が社会一般に行われている例が多いとしても、それはあくまでも道義上のものにすぎないというべきであり、損害賠償義務を負う者に対して法律上請求し得るものと解するのは相当でない。

(八)  文書料

前掲甲第二八号証の一ないし六〇によると、原告が医療機関に対する文書料として概ね主張の金額を支払つたことが認められるけれども、それに係る文書の具体的使途等、その交付を受けなければならなかつた必要性を認めるに足りる証拠はない。

(九)  後遺症慰藉料

原告は、その後遺障害が六級に該当するとして九三〇万円を主張するが、原告の後遺障害の程度は一〇級に該当するものと認めるのが相当であり、しかも、後遺障害Bについては機能障害を是認することができないから、後遺障害Aの等級である一一級を基本として考えるべきであり、その他本件に現れた一切の事情を斟酌すると四〇〇万円をもつて相当と認める。

(一〇)  逸失利益

(1) まず、労働能力喪失割合の点を考えるに、それは、事故前の被害者の経歴・職種・地位等を踏まえ、当該後遺障害によつて主として機能的にどの程度の労働能力・稼働能力が失われたかを勘案して算定するほかないものと解されるところ、1で認定した事実から窺われる原告の本件事故前の稼働状況と、その後遺障害は、施行令別表所定の一〇級に該当するものではあるにしても、機能障害という面からみれば、それは後遺障害Aに係る一一級程度のものとみるべきであること等の事情に鑑みると、原告の逸失利益算定の基礎とすべき労働能力喪失割合は二〇パーセントとみるのが相当である。

原告は、「腰痛疾患治療成績判定基準Ⅲ」に基づく判定結果をも援用して、その後遺障害の程度は六級に該当し、労働能力喪失割合は六七パーセントであると主張する。しかし、被告らも指摘しているように、右の基準による判定結果は必ずしも十分な客観性が担保されているとはいえないし、これを交通事故による損害賠償請求訴訟の場面における後遺障害の程度を認定する重要な資料と考えるだけの一般的・共通の認識が得られているとも思えない。これに加えて、1(一)(2)で認定した原告の日常生活動作及び思考・会話等の頭脳作業に関する澤田医師の診断や、原告は、もとよりその肉体的行動力が伴わなければならないであろうが、主として頭脳労働によつて稼働してきたのであり、今後も同様であろうと窺われることをも勘案するならば、原告主張のような判定結果が出たからといつて、原告の後遺障害をもつて六級に相当すると解するのは無理であるし、その労働能力(換言すれば、稼働能力)が六七パーセントも失なわれたと考えることは到底できない。

(2) 次いで、年収について考えるに、本件事故当時、原告が一六四一万七〇〇〇円の年収を得ていたというべきであるとし、それを前提に休業損害を認定したことは前記のとおりである。しかし、一般的に、休業損害は、事故の発生に引き続く短期間の問題で、いわば事故前の稼働状況の勢いが取り合えずはそのまま継続される蓋然性が高いとみることができるのに対し、逸失利益は、相当長期間にわたる将来の予測の問題であり、本来的にかなり不確かな面を有している。この観点から原告の場合を考えると、原告について、右の年収をそのまま逸失利益算定の基礎とすべきものとは思われない。すなわち、原告が本件事故当時の年収として右の金額を得ていたにしても、労働力の提供とその対価という意味合いでは、それは、日向権現開発興業株式会社等によつて新たに開発する事業と、これもまた事業としては緒についてさほどの期間を経ていない三和興産株式会社によるピートモスの輸入・販売という二つの仕事によるものであつたとみるのが相当であるところ(なお、仮に、右の金額に労働力の提供とその対価という関係にない部分が含まれていたとすれば、その部分について逸失利益があり得ないことは明らかである。)、右の各事業は、原告が本件事故に遭つて休業を余儀なくされるとほどなく頓挫をきたしてしまつたというのである。ある者が推進役をして進めていた複数の事業が、その者の休業によつてたちまち潰えてしまうということは、一面では、その者の存在が極めて大きなものであつたこと、換言すれば、ほとんどすべてのことがその者のみの肩にかかつていたことを示すとともに、他面では、それが、真摯に当該事業の実現を図ろうとする協力者・支援者もなく、これを引き継ごうとする者や、その頓挫を惜しんで、あるいは利益を求めて協力・支援を申し出ようとする者も現れなかつた程度のものであつたにすぎないことを示しているというべきである。したがつて、原告の行つていた前記各事業は、極めて不確かなものであつたとみるのが相当であり、これらに係る労働の対価としての前記年収をそのまま原告の逸失利益算定の基礎とすることはできない。もつとも、右の事業の点はともかく、原告が本件事故前の数年間にわたつて、ややばらつきはあるものの、継続的に、賃金センサス第一巻第一表の産業計、企業規模計、男子労働者、旧大・新大卒における同世代の者の平均年収額をはるかに上回る年収を得ていたこともまた窺われるところであり、被告ら主張のように、賃金センサスの数値の八割程度をもつて逸失利益算定の基礎とすべきものとも思えない。このように考えてくると、当裁判所は、原告の逸失利益算定の基礎とすべき年収は、一〇〇〇万円をもつて相当と認める。

(3) そして、原告は、昭和八年一一月九日生まれで、後遺症の症状固定当時五九歳であつたから、その稼働可能期間は八年とするのが相当である。

(4) 以上によると、後遺症の症状固定時における原告の逸失利益の現価は、次の計算式のとおり、一二九二万六四〇〇円と認めるのが相当である。

一〇〇〇万円(年収)×〇・二(労働能力喪失率)×六・四六三二(八年のライプニツツ係数)=一二九二万六四〇〇円

(一一)  弁護士費用

本件事案の性質・審理の経過等に鑑みると、本件事故と相当因果関係のある損害としての弁護士費用は二五〇万円をもつて相当と認める。

3  以上によれば、本訴請求に係る原告の損害は合計五四六五万七四七三円である。

三  本件事故による原告の損害について一六六〇万円が填補されていることは当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第二三号証の三・四及び同号証の一〇によれば、原告に対しては、右金員のほか、平成三年四月四日に六〇万円、同月二六日に四〇万円、平成四年三月二日に一〇〇万円、合計二〇〇万円が本件事故による損害の填補として支払われていることが認められる。

被告らは、右のほか、平成二年一二月二七日に入院雑費として一〇万五一八五円を支払つたと主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。

そうすると、本訴請求に係る原告の損害五四六五万七四七三円のうち一八六〇万円は填補されていることになるので、原告の残損害額はこれを差し引いた三六〇五万七四七三円である。

四  なお、被告らは、被告らの主張(三)において、原告の損害の発生・拡大にその素因が寄与しているとして、治療費を除くその余の損害については五〇パーセント程度の減額をすべきである旨主張する。そして、前掲鑑定書によると、その中には澤田医師が被告らの右主張(三)の(3)と概ね同様の趣旨を述べている部分のあることが認められる。被告らはこれに依拠して右の減額の主張をしているものと思われる。しかし、同医師は、同時に、右鑑定書において、「患者の症状がこのように発現し、経過するについて、患者の素因(腰椎椎弓の不整形、椎間腔狭少)寄与(原因)している割合は、どの程度であると考えでしょうか」との問いに対しては、「左L5/S1椎間関節症は受傷前から存在しており、今回の外傷がなくてもこの関節症が老化による変性がさらに強くなり、神経根の圧迫障害が将来おこる可能性はある。しかし、今回の症状発現に関しては、今回の外傷が原因であると言える。患者の寄与に関しては、判断できない」としていることもまた認められる。ことは医学上の専門分野に属する問題であり、右の他に専門的知識・経験に基づく何らの見解も示されていない本件においては、右の「判断できない」との見解と異なる判断を下すことはできず、結局、被告ら主張の素因寄与の程度を認定するのは困難であり、これを採用することはできないものといわなければならない。

五  以上の次第であるから、原告の請求は、被告ら各自に対し、三六〇五万七四七三円及びこれから前記の弁護士費用二五〇万円を差し引いた三三五五万七四七三円に対する症状固定日の翌日である平成四年一二月一九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があり、その余は失当であるから、民事訴訟法八九条、九二条、九三条、一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 根本眞)

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